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2016年10月

2016年10月18日 (火)

「 Easyrider物語#最終回 / Ken’s Dial~帰路 」

物語には始まりがある限り、どうしたって終わりがある。
ひとが産まれて、そして死んでゆくように。

だからこの物語にも決まりをつけねばならない、そうは思うのだけど。
こころの決まりはそう簡単につくものではない、と知った。

あれからまだ2週間しか経っていないのか。

あの晩遅く、日付けが4日に変わってからまもなく、けんは完全な自由な世界へとリリースされたんだ。

あの晩のことはやはり書かねばならない、と思う。
そうしてこのEasyrider物語も終わらせねばならぬ、とも。

熊本の日赤病院へ9月8日に転院してから26日間のあいだ、我々は毎晩時間を決めて電話で会話をした。グループ通話という、フェイスブックのメッセンジャー機能を使った自分にはよくわからない仕組みなのだが、同時に何人でもが電話で会話可能なのだ。
明実がそれに「Ken's Dial」と名付けた。
Easyrider、そのロックの絆たち、友人たち、けんの熊本の家族たちが毎晩けんの病室に集った。

毎晩8時半になると、あー、そろそろ Ken's Dial始まるなぁって。
体調が少しでも良いと、けんはいつまでも会話をしたがったし、こちらも酒を呑みながらつきあった。

だがけんは電話の向こう側で少しづつ弱っていった。段々会話の時間が短くなっていった。
10月の1日にはもう囁き声しか出せず、2日の通話は、ちゃんと聞いているよって云う意思表示だけだったと記憶している。
そして3日の最後の通話。
肩呼吸が始まっており、もう聞いているのかどうかもわからない状態になり、我々は其々の裡で覚悟を決めたのだ

と思う。

そして4日へと日付けが変わる頃、最後のKen's Dialが性急に招集され、皆が呼びかけるなか、家族が見守るなか、けんは呼吸を止めた。脈を打つことも。

あぁ、とても疲れた、、
うん、疲れちゃったねぇ、すごく。

家人と少し話をしてから眠った。
その日は二人とも勤務だし、火曜日だから皆もきっと。

突然の別れではなく、時間をたっぷりかけて、ゆっくりと別れたのだ。
こころおきなく別れたのだ。
だから急激な悲しみには襲われない。大丈夫だ。悲しさはきっとゆっくりと訪れる。

翌日からぽつぽつと通夜や家族葬の写真や動画が届く。

ところで自分は職業柄、かつてそのひとであった、いまはそのひとの魂の容れ物でしかない、そういうBodyに触れる機会が多い。
だがそれは、まったくの他人であるからこその感覚なのかもしれない。
写真で見るかつてけんだった身体は、やはりけんのように見えた。

とまれ。

けんの魂は何処かに在り、いまではその身体は消滅している。
けんのことを忘れることはないので、それはやはり魂のホンの一部をけんは自分の裡に残していってくれたのだろうと思う。

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自分にとっての2度目のロックの季節(なんて幸せな!)はこれでお終い。
そろそろ自分のやるべき音楽に戻らねばならない。
いや、音楽に限らず、其々が自分の暮らしに戻らねばならない。

だが、この2年間、なんという2年間だったことか。
泣いたり笑ったりの。こんな歳になってさえ!

たくさんのことを知り、そしてそれを永遠に失うための2年間。
だから忘れることなんて出来っこないだろう2年間。

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ハートに沁みて来る苦い酒だろ、暫くは。
それでもそれを味わうぜ、構わないからどんどん持って来てくれよ。

10月15日(土)@茨城「ねこ屋」

去年のクリスマス以来の音速珈琲廊のライブ。
色んなことが重なって、自分は癌なんかにもなって、長くライブが出来なかった。

ぼくのライフワークと言ってもいいこのユニットはしかし、消滅を免れた。
ぼくはやはりぼくの音楽の場所へと帰らねばならないのだ。

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此処で演るのは6年振りだが、何故か自分の歩く道の分岐点の如くの場所にいつもこの店がある。
ぼくは迷わず立ち寄り、音楽を演奏するだけ。
そうしてまた歩き始める。どの方向に進めばいいのかは何故かその時にはもう決まっている。

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ぼくはまた歩き始めた。

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「Easyrider物語#14 / 広島屋で」

俺は角打ちし乍、けんのことを考えていた。
此処はまぁ、角打ちと言っても、立ち呑みのカウンターがあるわけでもなし、店先に適当にテーブルと椅子を散らしてるようなアレでね。
けれどこのボロ椅子の座り心地が抜群に良い。

家から国立駅までゆっくりあるいて15分。
駅の反対側を真っ直ぐ行くと谷保天神につき当たる。
野暮天さん、いや谷保天さんはでも、学業の神さんなわけで、大学受験真っ最中の息子のお願いに参じた。
財布にあった小銭全部放り込んで。

しかしついそんなことをしてしまったと思った。
此処はメインの神様のほかに、敷地内の雑木林をちょいと上がった処に小さくて地味だけれど、お稲荷様がおわすのね。
少し小銭を取っておけばよかった。こっちではけんのお願いするつもりだったから。

家人のお賽銭に便乗した自分はこころのなかでごにょごにょとお願いの如きを。
神さんの前に行くと、俺はいつだって色鉛筆の箱の中の白、みたいな気分になっちまう。

ところで広島屋は国立へ戻る道すがらにある古い古い団地の中の商店街にある。
酒屋なわけで、店内で買った酒を適当に外で呑んでね、って感じ。適当なつまみ類も色々置いてる。家人は近くの昭和丸出しの肉屋に焼き鳥などを買いに行っていると云う何でもアリのお気に入りの場所。

此処にけんがいたらな、と思う。
きっと向かいにあるパンとかお菓子とか売ってる店やこの店内で、なんだかつまらない菓子みたいなのを皆のためにたくさん買って来て、得意になってるんだろな。
けん、こんなに喰えねーよ、、

そう思ったらなんだか泣けてきた。

60円でちょっといい清酒の試飲が出来る店内に何度も誘ってくれて、かわりにあれやこれやと感想を聞かされるんだろな、、

あぁ、こりゃ駄目だ、涙が止まらないぜ。
家人が戻るまでには止めなくちゃな。
俺は色鉛筆の白になって、じっと堪えなくちゃなんないからな。

もうすぐだ。あと本当にもう少しで、けんは完全に自由な世界へと行ってしまう。
その助走にはしかし恐ろしい程の苦痛がいま伴っていると云う。
もう話を聞くことも、口をきくことも、目を開けることさえもその苦痛の裡に在ると云う。
息をすることさえも!

神さん。
もういいだろ。せめてその苦痛和らげてくれ。そうしてリリースしてあげてくれよ。
恐ろしいほどの自由が果てもなく、前も後ろもなく、上も下もなく、拡がっている場所へと。

其処は寂しくて孤独な場所かも知れない。
だがそう思うのは、この世に在る感覚だろう、想像しても無駄なこと。

白い紙に塗った白色の。
色鉛筆の白。

Iro

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