« 2016年7月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月

2016年9月13日 (火)

EasyRider物語 #13 / スタジオへと昇る狭い階段を降りながら俺は。

4月の、、28日だったか。
ライブ前の最終リハーサルだったが、最後のバンドリハーサルになってしまった。

自分にとってはその5日後のライブよりも、この晩の印象の方が強い。
スタジオへと昇る狭い階段を降りながら俺はとても悲しかった。これできっと最後なんだろうと。
その感情をいつまでも、これからもずっと憶えているんだろう。
それは。
バンドへの感傷。ロックへの感傷なのかも知れない。

ドラマーのけんは、今は熊本の病院で完全な自由を手にする日を待っている。
あとどのくらいの時間がそれまでに残されているのかはわからない。

奴はもう充分に戦った。激しく、厳しく。望み通りのドラマーとして。
医療従事者たちから見れば、こんなことあり得ない、奇跡みたいなこと。だが3度もやり通した、やり遂げた。
その時のプレイは末期癌であることのハンディなど微塵もなかった。

3度もだぜ、、!

けど。
夏になるとけんは急激に衰えた。
皆が季節の終わりを感じ始めていた。ロックの季節の終りを。
この夏は、事あるごとに皆が集まって盛大に宴をやった。だってそんなの嫌だったから。
そのうちけんはまた入院をしたが、それでも病院を抜け出して、勿論参加したさ。
宴はバンドのメンバーの家をぐるぐると巡って。

だがそういう騒ぎにも翳が射していった、けんは動けなくなっていった。

ならば、と今度は皆が病院へと騒ぎの場所を移した。
それが迷惑にならぬようにと、なんだか高そうな個室にけんは移ってくれた。
熊本への転院が決まった東京での最後の10日間は連日友人が押し寄せた。

ひとが、仲間が一緒にいると元気が湧くのだと、輸血を受けながら笑っているこの男。
こそ、俺たちは付き合った。
嘆き、泣き、天を恨む。そういうことはもう乗り越えている。
こそ、俺たちは再び集まった。

ところで俺は他人の人生の一部を背負いこんでしまった、、
それはこういうことだ。
身辺の整理を少しづつ始めていたけんからある時、こんな依頼があった。

自分のレコード.コレクションを纏めて引き取って欲しい、と。
まぁ、CDは良いのだけれどね、これだけは処分する気になれなくて、と。

そりゃそうだろう。
だってそれは人生の重要な一部だからな。
そしてバンド内でそれが出来るのは自分しかいないってこともわかってる。

自分のレコードコレクションも1000枚程が実家の物入れにある。あるとき2000枚を越えて、もうそういうのが嫌になって半分を処分した。でもいまになってそれを悔やんでいる莫迦、という苦い思いで生きている。

だから今のこの狭い住居では、、と最初躊躇したけれど、結局は受け入れた。
家人もそういうことなら、と快諾してくれた。

何故それが自分にしか出来ぬなどと、かくもおこがましいことが言えるのか?

それはね、そのコレクションにはね、ロックもたくさんあるけれど、古いソウルミュージック、それもフィリーソウルと呼ばれる、コアなソウルファンからは毛嫌いされているやつなんかがかなり入ってるんだ。
それにメインストリームではない、かなりアンダーなレゲエバンドのものも多いはず。
明実や竜はまず聴かないだろう音楽。
だが、その様な音楽でも、自分とけんは好みが重なることがあった。

けんと初めてバンド仲間になった頃、良く音楽の話をした。
互いに、え?こんなの聴くの?こんなの知ってるんだ?じゃああれは?なんて話良くしたな。
レコードも借りたり貸したりしあったな。
まだまだCD前夜の頃だ。

この事に当たって考えた。
もしけんが、これは処分したくはないので、皆ですきなのを何でも持って行ってくれ、としたならば、自分は受けなかったろう。
だがけんはそうせずに、全部を、と言って俺が家に来るのを待っていてくれた。
All or Nothing..
その意味は大きい。

とまれ俺は。

けんの人生の一部、レコード800枚余りと、段ボール4箱分のCDを背負い込んだ。
まだすべてのタイトルを確認していないし、一緒に引き取ったターンテーブル、アンプ、スピーカーもそのままだ。
残念ながらセットする場所がないので、せめて埃にならぬよう、ビニールに包んで置いてある。
我が家は引っ越し前の家みたいになっているが、それも覚悟の上だった。

9月8日(木)羽田空港。

めそめそした別れにはならなかった。
たとえけんが車椅子だったとしてもね。
ドラマーだしな、座位でロックしてる姿が眼に焼きついてるからな、笑ってそうやって座っていても良いんだよ。

Dr1_2

Ha7_2
Ha8_2

さらば、友よ。
夏が終わる。
2年前の秋、9月22日起点の「ことのはじまり」が終わる。
何と云う2年間だったことか。

たくさんのことを知り、そしてそれを永遠に失う為の2年間だったんだと思う。

病院のベッドで、車中で、路上で、曖昧な酩酊の裡で、世界中のあらゆるところで、職場で、夢の中で。
何処かで。

きっと。
何処かで、また会える。

Keep on Rockin' in the Free World !
二ール.ヤングが叫ぶように、祈るように歌ってる。

聴こえるだろ。けん。

Dr2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年7月 | トップページ | 2016年10月 »