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2016年5月

2016年5月17日 (火)

EasyRider物語 #12 またあの場所へ。

自分は日本一何も持っていないベーシストだった。
なにしろベースを持っていない。いまのは友達に借りているやつ。
だが打楽器奏者としては色々持っている。デジタル.ディレイとかコーラスとかサンプラ―なんかもあるし、ケーブルだってたくさん持っている。
でもね、まさかこんなに早くまたライブやるなんて思ってもいなかったしね。
そういう機材は相棒のショウ君の車内に置きっぱなしで、その車で彼はツアーに出ちゃってるしで。

だからベース以外何にもない。
エフェクターひとつない。
5mのケーブルとチューニングメーターだけはある。

じゃあせめて弦だけでも張り替えますかなって、少しゲージの太いのに替えたらこれが指にしっくりと心地良い。
あぁ、よかったよかった、これで行っちゃえ。

とまれ。

4月の頭にけんの癌は再再発、入院の知らせがあった。
もう全弾打ち尽くし、あとは時間との戦いしかないような状況だと云う。
入院は短期で済みそうだったので、4月の7日にはもうライブが決まっていた。すべてが時間との戦いだからね。叩ける体力の残っている間にやるしかない。

Bsp

ライブは5月3日@渋谷La.mama

某大病院の看護師長曰く。
あの病状でこんなこと、、あり得ない。

まさにこれは、何処かに居るかも知れない神様の計らい、としか思えない。
最後の最後で、最高のドラマーに仕立てやがった。
その煽りで、あろうことかバンドも成長。

だが事はRockだ。末期癌だろうと、何も持っていなかろうだって、Rockの裡では関係なかった。

本番までリハーサルは2回。
吉祥寺StudioPENTA Northside、いつものリハーサル.ルームで。
缶ビール片手にリハーサル出来る素敵な処。アンプの上でひっくり返されちゃかなわんからね、マイクスタンドに缶ビールホルダーが装着されてるのが嬉しい。いや、ジュースだっていいんだけど。

Bi

4月19日(火)1回目リハ―サル。
ん?俺の癌入院にぱらぱらとみんな見舞いに来てくれたけど、それ以来かな?皆に会うの。
あの時はメンバーの半数が癌だったわけで、結局人類の2人に1人は癌になる、ってのに合致してやがんの、なんて落としてたわけでね。

6月に大阪でライブやって、これが殊の外良かった。けんの体調も良いようだった。
我々はすっかり気を良くしていたし、ライブの予定はこの先特にないけれど、秋ぐらいから時々はリハーサルやりたいなんて話も出て来てはいた。
けれど9月に入り、自分は癌の疑いが発生して、やれ検査だ、ポリープの切除だと、ばたばたし始め、12月には癌が確定してしまった。1月に手術して、2月はあっという間に過ぎてって。
気付けばもう桜が散っている頃。
リハーサルどころではなかった。だがその間にけんは段々と弱っていっていたのだ。
明実が会いに行ったときは、もう時間がなさそうだと感じたらしい。

そうして久し振りの再会。

けんは少し小さくなっていた。
てことは剥ぎ取られた体力も相当のもんじゃないのか、とやはり危惧が先に立つ。
ところで自分はなにしろ日本一なわけだから、アンプに直接ケーブル差して、ちょこっとイコライザーいじって準備終わり。缶ビールを飲みながら皆を待った。

いやしかし、と云うべきか、ともかくも。
神様の計らいは相当のものだった。
リズムのBPMは以前の感じよりもやや落ちていてるが、なにしろ叩くパワーに微塵も衰えがない。すげーな、これ。
けん、もうちょっと早く、ってなリクエストしても、いつの間にかもとに戻ってて、しかもそこで安定している。
つまりはこの早さが現在のけんの身体的なスピード感覚なのだろう。
だからこの身体生理スピードに全員が乗ると、ちゃんとグル―ヴが湧くわけで、これがいまのEasyRiderの「早さ」と言って良いだろう。

だが曲間では虫の息、、それを見るのも辛いものだが、次の曲が始まると、また不屈の男になって帰って来る。
奇跡みたいなことに立ち会える、どころか参加、いや共闘?これはおこがましいか、、ともかくもそういう場に居ることをまた自分は噛みしめている。

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問題全然ありません。皆がご機嫌になった。さあ、ワインで乾杯しようぜってんで、いつもの居酒屋へGo。

4月28日(木)2回目にして最終リハーサル。

自分は徹夜で労働して、少しの睡眠の後、家を出た。だが、ライブ決定後から結構真面目に家で練習を重ねたので、足許やや怪しかろうが大丈夫。
よろよろとリハーサル.ルームによろけ込むと、しかしメンバー皆もなんだかへとへとな様子だ。日々色々そりゃあ色々あるだろうて。疲れぬ人生などない。
だが不屈の男の「早さ」に乗るだけで良いのだから、これは出来る。
自信とプライドを知れ、各々がたよ。いや、世界よ。

しかしこういうときのビールはホントに有り難い。短時間ながらもしゃきっと出来るからね。でも2本までだな、それ以上いくと効果が逆になるかも。
昔はスタジオ内で飲食など以ての外だったけれど、此処だけがユルいのか、そういう時代なったのかはわからないけど、実に心地良い。フロントでベルギービールが100円で買えるんだからな。

ライブ前の単なる最終リハーサル、だがもしかしたらこれが本当の最終リハーサルだったのかも知れないと思い、スタジオの狭い階段で、俺は凄く悲しかった。

ライブへの豊富など語りつつワインをたくさん飲んだようだが、終わりの方は眠ってしまっていた。

5月3日(火)@渋谷La.mama
おぉ、今日は憲法記念日なのかって、驚くでもなく驚くと、もう本番。
しかし早朝に、大阪から援護射撃に出張ってくれるAsh(現Janks)の車が東名でお釈迦の連絡あり。
オマイガー。
神様大急ぎでこっちも計らってー、ってお願いしたら、レッカー車とレンタカーゲット。
どのバンドよりも早くLa.mamaに到着してる。
流石に悪名高き岸和田~泉佐野辺りのひとたち、渋谷の雑踏のなかで次元の違う柄の悪さが超素敵。
んで自分はけんの車でおっとり到着。

ベースいっぽんぶら下げて、ゆらりゆらの介。ケーブル一本アンプに直差して、と云うイメージ通りにリハーサル開始。
んー、ちゃんとイイ音出てるしな。ぎっしりしたエフェクター.ボード持ってるAshのタカシも「梅ちゃんはそれでええんちゃう?」と言ってくれたし。

この箱はその昔、何度も演っている。ブッキングで奔走してくれた植田がお店の資料から探してくれた。最後に此処に出たのが1986年9月19日。30年も前のこと。
このちっとも変ってないステージに30年前に自分は立っていたんだ、、

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あ、本番ですか?
そりゃあもう最高でしたよ。
ビールとワイン、どちらにしようかと迷ったけれど、結局ワイン飲みながら演った。
いや、そういうことじゃなくて?

うん。

わかってる。

奇跡ってあるんだな、ってことかな。
目の前で見て来たからね、それだけは言える。

4度の奇跡が起こるのかはわかりません。
自分たちとは多分関係のないところでの、大きな「何か」の計らいのようなものの裡にEasyRiderはいるみたいです。
それをコントロールすることなど出来る筈もなく。
だから、その恩恵を受けるために、今の生活を悔い改めるとか、ひととして真面目に清らかに生きるとかはしません。

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ステージの終わり近くはAshも山崎銀次バンドも入り乱れて、下品で野蛮な空間、自分が最も心安らぐあの場所へと連れて行かれました。

たくさんの人たちがあの場所へと連れて行ってくれました。

ただただの、感謝を。

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夕べ。
日付けでいうと、5月16日(月)の夜。
とうとう引っ越しした明実の新しい住処で、打ち上げ兼スタッフ慰労会兼高倉健二誕生日会などのぎっしり感の宴あり。
まぁ、ライブのDVD観ながら豪勢に呑み喰いしようではないか、という集いなので、映像も豪勢。ステージの上手下手それぞれと、センターからが2種類。1回のライブで4種類のライブ映像があるのね。

そしてここからが肝心要。
不屈の男は4度の奇跡を起こすため「俺は明日からちょっと入院してくるぜ」と。
自分などの想像を遥かに凌駕したきつい治療が再び。
飯屋が再び。いや、これはけんの好きなRoyBuchananの曲だが。

「俺はこんだけロックやれてるし、ちっとも可哀想じゃないぜ。でもそうだな、それ以外じゃ、もういっぺん桜を観たかったな」

ならば付き合うぜ。

先進医療のドクターだって知らない世界で付き合うぜ。

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