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2015年1月

2015年1月27日 (火)

Easyrider物語 #3 / 人生が少し楽しくなったり落ちたり。

このところ何だか楽しい。始まりは苦しかったが少し努力をしたので、ベースギターを弾くことが何だか楽しくなってきている
昔はさ、飯を喰うように、歩くように、風呂に入るように、自然にロックンロールのビートを身体の裡に感じてた。それが普通だった。
それが今じゃ、腹が減っていなくても飯を喰ったりする人生だ。別にそのことに不服があるわけじゃないけれど、そこから8ビートに飛び乗るのは簡単なことじゃなかった。

11月26日に明実からメールあり。
久し振りに取りだしたSaxphoneがとんでもないことになっており、要オーバーホールとのこと。10万くらいかかりそうだと、、高けーな、しかし。
バンドのロックンロールには、でもこいつが必要。明実にとってはこいつは玩具なので、たくさんは吹かないけれど、金属の響きがやはりぴたりとくるんだよ。

*12月16日 第2回目のリハーサル@18時~20時 吉祥寺StudioPenta
課題曲*CrazyCircus*HardSickness*JohnSimonRitcieのように

うち2曲はテンポが速く、ケンの体力的には大丈夫なのかと思われたが、遅れることなく叩き切っていて矢張り驚く。間合いに肩で息をつく姿もあったが、他人の心配するくらいなら自分の心配しやがれ、って音出している。
こりゃホントにLihabilitationしなくちゃヤバい。
重たい楽器下げて立位で演奏する事は腰への負担が凄い。翌日残るダメージも大きいが「事」がロックンロールである以上、自分はハートも身体も、垂直に立つロックローラーでなければならぬ。

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この日はバンドにとって本当に古い古い友人であるTurboに来て貰い、mixer卓の調整をやって貰った。もう卓の扱いなど誰も憶えておらず、前回のリハーサルは苦労したのでね。
バンドは彼のミキシングでライブや録音を随分やった。それも昔日のこと。

そのTurboからのFBの書き込み。「うちの家内(ナース)が先日のリハーサルの動画を見て、ありえない!と感動しておりました。けんちゃんの体力はもはや神レベル。一時間大丈夫でしょう!鬼気迫るものがあります」

はは、ケン凄いな。神だぞ。まぁ今の言い方で言えば、俺たちもケンに神対応してると云えば言える。呑み屋レベルの冗談だがな。

明実のSaxphoneは結局オーバーホールが間に合わず、次回に持ち越し。

その後呑みながら、どのようなライブにするのがベストなのかと話し合う。もう誰も最近のライブハウスなんかの事情を知る訳もなく、まぁ、それぞれ調べてみるかと、その辺はおっとり刀で。歳だなぁ。
だがキャパは100以上は必要だろうと、、いやいや大丈夫か?とも思ったけれど、そんな気もするし、分かんないな、これ。

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ところで其処はチェーン店らしい安い居酒屋だったんだけど、店員は駄目だし料理も酷い、、昔はそんなとこでも安くてたくさん呑めればそれで良かったが、いい歳のロケンローラーはそれじゃ嫌。
今晩のリハーサルは余程にキツかったのだろうか、ケンはすぐに帰宅。

*12月22日 3回目のリハーサル@20時~22時 吉祥寺StudioPenta
課題曲*GangStar*BoasterEddie

明実のSaxphoneは昨日出ないキィが新たに発見されて再オーバーホール。

GangStarはミドルテンポのブルースロック、BoasterEddieはスローのロッカバラッド。音の間合いに充満するものが全て。
巧いギタリストはたくさん知ってる。自分のライフワークである「音速珈琲廊(SonicCafe)のギタリストも凄い。特にアコギが素晴らしい。
しかし竜太郎のギターはそれとも違う。誰とも違う。ミドルテンポのロックンロールに関しては右に出るものはいないんじゃないかと思う。
ボーカルの明実の実弟であり、この兄弟の醸すロックのワルい雰囲気は矢張り魅力的だ。

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ちょっと良いなと思う居酒屋に落ち着いて、やはりライブの相談。箱の普通の営業でのブッキングはこういう事情には向かないだろうし、ここは貸し切りでいくしかないだろう。客層や集客を考えると、日曜か休日の昼間がベストだろう、打ち上げだって盛大に、と段々話がまとまって来る。
気持ちはライブに向かって熱くなったがこの晩は雨でとても寒く、電車も混んでいて行き帰りがとても辛く、ちょっと萎む。

今年はこれでお終い。
この「事」が進行しながらも、自分のライフワークもあるわけで、11月7日には福岡の小倉城庭園で、12月13日には名古屋でライブをやっている。
この音楽はロックロールとはかけ離れたものだし、感覚が往ったり来たりで眩暈しそう。だけれど、自分の感覚がロックンロールに揺り戻されつつあるので、いつか何処かが繋がるのかなぁ、なんて思ったりもしている。

暮れ正月は仕事も忙しく、普段離れて暮らしている息子が帰って来るのも嬉しくて、暫くは、来年のリハーサル日が決まるまでは「事」もライフワークも忘れて一生懸命過ごそう。

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Easyrider物語 #2 / 錆びた手に時が雪崩れてくる。

10月29日深夜。ケンより当時の音源ファイル5曲分届く。
さっきまで皆で呑んでいたのに、帰宅したらすぐに作業してくれたのだろう。
このところずうっと考えていること。
ロックは、ロックンロールって云うのはつくづく強固な音楽なのだな、と云う事。
ロックンロールが産まれてからまだたかだか60年てとこ。だからそれは普遍であるとは言えないかも知れない。けれど20年経とうが30年経とうがそれは古くならない、びくともしない。そう云う強固さを持ち合わせている。
昔の音源だろうとそれは懐かしい音楽ではなく、まるで昨日のように響いている。

そして初リハーサルの日時が決まった。いきなり全曲は無理なので3曲に絞って貰う。
*MAD HOUSE *LONESOME GIPSY *GOLDEN AGE OF R&R

ところで当時使っていたMOONのベースギターはバリから引き揚げるときに持ち帰れず、もうその所在もわからなくなっている。
けれど最近、友人間を廻り回って、預かると云う形で僕の手元に届いたベースが一本ある。それもまた不思議なことだ。
まぁ、弾くこともなく置いていただけなのだが。
ぼくはそれを手に取った。

両手の錆びつき方は尋常ではなかった。

*11月16日 19時~22時 吉祥寺StudioPenta
まったく文句なくロックンロール!
ケンはこれをもう一度どうしてもやりたかったのだな。

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当時のケンのプレイの悪癖だったテンポが遅れて行く、ということはもうなくなっていて、しかも打音は当時よりはるかに重い。それは現役を意地でも続けて来たからなのか、それとも某の覚悟がその集中に向かわせているのか。自分は舌を巻きながらも、また意味のことを考えていた。
ミドルテンポのロックンロールが最終的なバンドのカラーで、それを更に引き摺るように演奏したものだけれど、そういう無理をせずともちゃんと重い。

ブランクは感じない。けれど20数年分の積み重なった時間は感じる事が出来る。メンバーそれぞれの後ろに積み重なっている。
歌に積み重なった膨大な時間が雪崩れるのを感じる。

リハーサル後に呑みに行く。昔はこれがいつも楽しみだった。またそれが出来るんだなぁと思うと、何か嬉しい。凄く嬉しい。
互いの音に関する根源的な批判はもう無い。昔はあったし喧嘩もあった。でももうそういうのは無いのだろうと思う。それは「事」がこういうことだから、なのかも知れないし、いい歳になっちまったからかも知れないけれど、それはもうどうでもいいことだろう。
ただ、いま呑んでるこの感じだけは何だか懐かしく、自分はとても満足して帰路に着いた。

翌日には明実がi-Phoneで録った動画をyoutubeに続々とUpしており、再確認出来る事が色々あった。
音はやはり良い。強固なロックンロールそのものだ。しかしロックである以上、見てくれも重要である。明実はあんまり変わっていないけれど、あと3人はね、、なんとかしないといけない点がある、少なからずな。そしてそれは無理だろうがな。

「翌日のケンからのメールの抜粋」

、、やるまでは不安もあったけど梅ちゃんと竜と音出して明実が歌えばロックンロールが溢れ出して、なんか意味もなくざまあ見やがれって感じで俺は最高に楽しかったよ。俺の体調次第なので約束は出来ないけど、来年のなるべく早い時期に何とかライブ出来るようにしようって皆と目標もできたし、、

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意味もなくざまあみやがれ、か。
実にケンらしい。これには思わずほくそ笑んでしまう。今、を生きるって云うのはこういうことなのか。
ロックンロールは今、でしかないからな。過去でも未来でもない。うん、昨日ですらないのかも知れない。

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次のリハーサルは12月に2回を予定。

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Easyrider物語 #1 / 「事」は顛末に向かって走り始める。

もうそろそろ書き始めなければ、と思う。
とまれ。
ばらばらになった四人は会うことも殆どなく、それぞれの暮らしを続行していた。

明実とケンは相変わらず独りで気儘にやっていたし、仲間内では早くに家庭を持った竜はそれなりの暮らしだったろうし、僕はと云えば、家人と共にバリ島なんぞに移住して13年間の長い夏休みを過ごすうちに息子が出来て、すったもんだのあげくに帰国したは良いものの、エスニック音楽に血道をあげるという暮らしだった。
バンドの消滅については、ぼくと竜はその少し前に抜けているし、詳しくはぼくは知りません。もう20数年前の話だし。

*9月22日「事」の始まり。
本当に久し振りに竜からメールを貰った。
ケンからのメールを転送してくれたもので、その内容は衝撃的なものだった。彼が悪性のリンパ腫、つまりは癌であるということでした。そしてバンドの復活を望んでいるということも。

その意味は何だ?
まずそれを考えた。

随分前に同窓会的に昔の仲間が集まったことはあった。
バンドがインドネシア.ツアーなんてのをしょっちゅうやっていた頃、それに便乗して一緒にくっついてきて遊んだ連中が集まった。
その時に、久し振りにあの時のメンバーでまたやろうよ、なんてケンは確かに言っていた。
その後も僕がライフワークとしてやっている音楽ユニットのライブに度々来てくれて、同じことを言っていた。
けれど、そのユニットはロックとはまるでかけ離れているものだったし、自分自身ももうロックを演る、ベースギターを弾く、なんていうことは一生ないのだろうと思っていた。ユニットの活動もあったし、日々暮らしてゆくための仕事だって忙しい。
現実的には考えられなかったし、明実と竜はすでに音楽の現場から離れているだろう、復活する理由の共有には至らないと思っていた。

、、でもそれに意味がついてしまった。
それは3人とも感じてしまっている。やるかどうかは別にして。

それでも死ぬ時はロックンローラーのまんまでいたい、なんて言われちゃあ断れないじゃないか。
しかも自分と竜は最終的なメンバーではなかったし。でも、この4人でなければ駄目なのだ、と言われてしまった。

Er001
*10月2日。
ケン以外の3人で国分寺のワイン酒場に集まった。
皆の気持ちは曖昧なまま、テーブルのワインだけが現実的に減ってゆく。

正直、20年以上も昔のバンドをもう一度やるなんて気が進まぬし、だいいちそんな状態でドラムなんて叩けるものなのか?
バンドが復活すると云う事は、当然ライブをやることが前提。そういうバンドだったからね。
いかにケンだけはロックの現役を通して来ていると言っても、抗癌治療で体力は極限まで削り取られていくのだろうし。

ケンからの最初のメールを解読する事。調べたり、医療関係者に聞いてみたり。そういうのを3人で擦り合わせてみるにつれ、しかしバンドの現実感は遠のいた。

けれど意味が。

その意味の裡のナニモノかが。それは神様だって別に構わない。それは自分の父親、母親のようなものかも知れない。それは、ひとは何処から来て何処へ行くのか、ということに深くかかわっている事なのかも知れない。
ともかくも、その「意味」が立ちはだかるのだ。やれと言っているのだ。

そうやって超自然的なものに理由を押しつける、ぐらいなことしないとなかなかやれるものじゃないからな。その答えはそれぞれが音の中に見つけるしかないこと。

3人の意思は固まった。

「ケンからの最初のメール」
確定診断前だったのでこの前はうやむやにしてましたが古い仲間に隠しておくことでもないので知らせておきますと、病名は悪性リンパ腫でした。いつの間にか凄くでかい腫瘤(しこり)か腹のなかで育っててそれがあちこちの臓器を圧迫し始めて初めて色んな自覚症状が出てきたわけです。診てもらった病院でまずはそっちの処置を急がないとということで緊急入院となりいくつかの外科処置をやりながら腫瘤の一部を抜き取り生体検査をする。今はそこが一段落ついたとこです。これかは三鷹の杏林大学病院に転院していくつか追加で検査を受け来月から本格的に抗がん剤の化学療法を始めます。まあやるしかないので腹決めてやり遂げます。
で、話しは変わりますが何時かまたロックを出来ればイージーライダーをオリジナルメンバーでやりたいなあとは常々思ってたんだけど竜も本気で検討してもらえないかなあ。一、二ヶ月して俺の体調が落ち着いてそうだったら明実と梅ちゃんにもお願いのメールをするつもりです。皆の都合のつく範囲でいいんだけど、例えば月いちとかね。宜しくです。

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*10月5日
「ケンからの2通目のメール」
長文になるけど宜しく。
針生検の結果は、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(進行速い)でも針生検では正確な区別はつきにくいそうです。しかしCT その他の画像から超巨大な腫瘤が有ること、また数年前から寝汗をかきやすいという患者(俺)の話から、ろ胞性リンパ腫(進行遅い)の可能性も、総合するともともと、ろ胞性で本人もなにも自覚症状のない間に少しずつ進んできたものがここ最近のいつかびまん性に形質転換して一気に進行したというシナリオが考えられる。
PET検査から横隔膜を越えて複数の転移がありStageⅢ以上、今検査中の骨髄まで転移が進んでいればStageⅣとなる。さらにB症状(激しい寝汗等)有り。
治療は、ろ胞性でもびまん性でも基本的には同じでR-CHOP化学療法を行う。三週間おきに6コースで完全寛解を目指す。年内の4コース終了時に中間評価を行い著しく効果不良の場合は、その後は造血幹細胞移植(患者の体力的負荷が大きい)に方針転換をする可能性がある。
五年後生存率は現病状について可能性とか推測の
部分があり更に骨髄の検査結果がまだ出てないので一概には言えないが、医者の話しを総合すると良くて60%前後、仮定が悪い方に寄ると40%更にそれ以下30%といったところでしょうか。
状況はかなり厳しいですが現実は受け入れるしかありません。絶望はしていませんが覚悟はしておかなければならない。其のように自覚してます。明日から一回目の化学療法が始まりますのでまずはそこ頑張ります。現時点での病状報告は以上です。
それで話しは変わりますが、この前、竜へのメールで御願いしてたイージーライダーの事なんだけど何時かまたやりたいの何時かが俺にはそんなに長くないかもしれないので三人の事情が許すので有れば今年中のなるべく早い時期にとりあえず一度集まれないかなあ。皆かなりブランクが有るので演奏はボロボロかも知れないけど俺はこの四人でロックがやりたいし、ロックンローラーでいたいです。なんつって五年後もちゃっかりピンピンしてて、どうもすいませんなんて言ってるかもだけど。今ならドラムが下手(これが一番問題か)ということ以外大きな自覚症状が無いので、良い返事まってます。

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このメールで、事態はヤバい方向に向かいつつあるのかと思う。時間の有限さも強く感じる。
そして翌6日に明実がバンドの復活を3人共に了承、のメールを送っている。
CC Mailにしてあるので、此の4人とごく近しいひとたちはオンタイムで状況が知らされる。

*10月25日 ケンより昔の音源のファイルが3曲分送られてくる。

*10月29日
国立のワインバルでとうとう4人が顔を合わせる。
メールのやり取りで、リハーサルの時期とか曲の選択とか、その後の病状のこととかの話は続いていたけれど、顔を合わせて現実感を強くしておかないといけないと思う。

帽子を取ったケンの頭にはもう殆ど頭髪は残っておらず、抗癌治療の無残さを見せつけられた気がした。
青白い陶器の肌に濡れた頭髪が貼りついている。それだけで現実感は一気にやって来た。これは本当のことなんだと思った。

そうして意思の共有はなされた。其処に辿り着くまでに泣いたり笑ったり怒ったりした。昇ったり降りたりした。ワインのボトルが次々に空いていった。でも凄く楽しかったのを憶えている。
憶えているのはそれだけで、どの様な話をしたのかはもう忘れてしまった。
いや、そもそも記憶などしていないのだろう。

Easy6Er13
とまれ。
「事」は顛末向かって走り始めたのだ。

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Easyrider ライブ告知。

御無沙汰しています。
20数年も以前のことですがEasyRiderというバンドを憶えておられるでしょうか?
少し事情があり、再結成いたしました。3月にライブも行います。僕はベースギターを担当しています。

事の顛末、って云うのはいま記すことでもないし、それは多分、、
けんの命が尽きるとき、或いはドラムが叩けなくなった時点なのかも知れない。

だからいまはまだ、事の顛末の始まり、というところです。
時間が限られてる以上、ことは顛末を迎えざるを得ない。

ともかくも、ドラマーのけんは末期の癌と戦っており、バンドは20数年振りに復活を遂げたのです。
抗癌治療は日々、残り少ない体力を削り取ってゆく過酷なものです。恐らく気力までも。
だから早い段階でのステージを行う必要があり、3月8日に決まりました。
これ限りのライブになるのか、それ以降も続けられるのかは、いまはわかりません。どころか、ワンステージもつのかさえもね。

そのような事情のライブです。1時間強のステージを予定してはいますが、10分で終わってしまうかも知れません。

けれど、覚悟を決めたドラマーの打音はひとつひとつが重い。メンバー皆が感じていることです。
それを聴きに来て貰えたら幸いです。

2015.14.Jan / Akemi , Ryu , Ken , michiro

以下、告知をいたします。

EASYRIDER@Rock Joint GB 吉祥寺
3月8日(日)12:00~15:00....After Riunion Party!
¥3000(U-18 : ¥1000)+1Drink
Er_fly02

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