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2014年12月

2014年12月26日 (金)

ときどきトランス日記 No.69 / 小文のタイトルは「愚民」ではなく。

自分は愚かな人間であるとは、矢張り思う。
でもそれは愚民と同義語ではないとも思うのね。

Kok5
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「投票率」

愚民。

行ったこともない見知らぬ国で、其処に住む人たちに武器を向ける。そしてそれを使用してしまう刹那に。
愚民は思うのだろうか。
あの時なんとかしていれば、と。

爆裂する爆弾のかけらが己が身に刺さる刹那、爆風に我が身が焼け焦げる刹那に。
愚民は思うのだろうか。
あの時なんとかしていれば、と。
こんなことにはならなかったんじゃないか、と。

愚民はあの時のことをきっと思う。
選挙に行かなかったこと。興味すら持たなかったことを。

愚民の親は悲しむ。
その戦地はかつて若い頃、訪れたことがあったからだ。其処に住む人たちと触れ合ったことがあったからだ。だが、その地で我が子は理由もわからず戦っている。

愚民は戦地で悲しむ。
家族を守る大義ではない戦地で悲しむ。
愛する家族は自分の不在の我が国で、報復のテロリズムの犠牲になったからだ。
愚民は血の涙を流し、報復の連鎖の環のなかで我を忘れる、狂う。

愚民は癌になる。自分もなり、我が子もなる。
原因はNuclear Error
帰るべき安全な家はもう何処にもなくて、その状態のまま先に進むしか選択肢がないとわかった時。
愚民は思うのだろうか。
あの時なんとかしていれば、と。

愚民の年老いた親たちは何処にも行くところがない。
自宅で段々とひとではなくなっていくのを成す術もなく見る。
福祉が受けられないからだ。先に進むべき福祉はその行方を閉じられてしまったから。
愚民は己が老後のことを考えて暗澹たる気持ちになる。
そして思う。
あの時なんとかしていれば、と。

寒波の押し寄せる年の瀬の公園で愚民はもう何処にも行く場所のないことを知る。
その身体はもう動くことさえ出来ずに、生命の尽きるのを待つばかりだ。
愚民はあの時のことを思っている。
遥か昔の3月のことを。
あの日から始まった未来はあらかじめ失われた未来であったことを。

選挙にいかなかったことを。興味すら持たなかったことを。

愚民。

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年の瀬がもうすぐ其処までやって来ている。
何だか大変な一年だった。
病気や怪我が次々と押し寄せてきた。自分ではなく周りの者に。自分の身体には傷ひとつつかなかったが、こころのダメージは蓄積していった。
これらの障害を乗り越えるのは「愛」でしかないのだと、突き詰めればそれしかないのだと知った。

うん、音楽のこともね。
7月の壱岐以来、少し止まっていたけれど、11月には福岡の小倉城庭園で素敵なライブがあったよ。久し振りの演奏だし、その間は凄く良い気分だった。
障子に囲まれた畳の広い座敷。赤い毛氈。月の宵。

Kok8Kok10
何時もツアーはとんぼ帰りなので、開演前に少しだけその地を楽しんだりもするのだけれど、今回はタイトすぎるギリギリの時間割。
しかも、リハ後はその場で、声楽家の方のCDに一曲だけ参加する為、それのカリンバの部分録り。
小倉の駅から感じの良いアーケードを潜り、感じの良い橋にさしかかると、向こうに小倉城が見えたので、ぼくは真っ直ぐに歩いて行った。
小倉の町をもっと見たかった。多分好きな感じの町のサイズだったんだと思う。

共演して頂いた、尺八奏者の山崎 箜山さん。素晴らしい音色で音速の音楽に寄り添い離れ舞うように、音速の真骨頂、冒険音楽にお付き合い頂きました。
最初お会いした時に、あ、この人は旨いラーメン屋を知っているに違いないと思い、演奏後にそう言うと、案の定。
美味しい九州ラーメン屋さんに連れて行ってくれました。

Kok7
12月は久し振りの名古屋。
流石に声楽家というのは凄いものだな、と思った。
圧倒的なレンジと声量。
声楽家、山田広美さんのコンサート。
僕の演奏は2曲だけ。録音にも参加した「アヴェマリア」と音速の「紡ぎ唄」
名古屋の名うてのジャズミュージシャンがバックを固め、ぼくは殆どの曲を客席でちょこっと飲みながら楽しんでしまった。
ベーシスト二人、ピアノ三人、ドラムス、ギターにしょうくん、サックス、フルートは東京からTommyさん!という豪華な布陣。演奏がなければ沢山飲んでしまいそうな。
でもみんなと友達になれたしね、そういうのが嬉しかった。

Swi3

この晩はカリンバの音色に関しての大きな気付きがあったのね。
実はちょっとした機材トラブルがあった。
いつもはエフェクターをかけた音色が自分のカラーだとおもっていたのだけれど、卓でリヴァーブを効かせるくらいで、手元のエフェクトなしの状態で演奏すことに。ちょっとこれは困ったなと、やや気持ちが沈んでしまった。
しかし演奏を始めてみると、実に音色が良い。新鮮だ。
それがお客さんにもちゃんと伝わり、音色に関するお褒めの言葉をたくさん頂いてしまった。
勿論今までの音色も気に入っているし、でもこれからはそういうオン、オフも大事なことだと思った。

楽しく打ち上げて、ぼくは適当なところでホテルに引き揚げ、翌朝は早起きして大須観音に買い物に行った。怪我をして手術~入院をしていた息子に何か喜ぶお土産を、と思ってね。
お昼の新幹線が東京駅に着いたら、そのまま会いに行く予定。

何か美味しいもの食べながら新幹線で飲むビールって、ホントにたまんない。
何時までも乗っていたいといつも思うんだけど、のぞみってすぐ着いちゃう。こだまでも物足りぬのだからね。出来たらもう一本ビールを飲んで、ちょっとうとうと寝入って、起きたら着くくらいがいいんだけど。大阪くらいかな、そういう距離。

では、また来年。

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