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2014年3月

2014年3月 8日 (土)

ときどきトランス日記 No.59 / 退化して袋麺( Ubud村にて、 其の3)

3月5日
引っ越ししたタマンのロスメン、最初の朝。
安宿。
家の敷地内にゲスト用の部屋をあつらえた昔ながらの処。ロウバジェットツーリストに愛されただろう処。
奥の新棟はまだ新しく、それまではこの3部屋だけでやってきたのだろう。隣の部屋は聴き馴れないヨーロッパ(多分)言語の若い女性二人が泊まっている。

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バリ独特のエレガントさは変っていない、此処は。
朝食は質素だけれど、フォークとナイフは深緑の布ナプキンできちんとくるんである。BaliKopiは粉だらけにならぬ様、ティーサーバーに入ってくる。
コーヒーカップにはちゃんとソーサーが付いている。
夕べ遅く帰ってきたら、ベランダには蚊取り線香が点いている。戸の隙間や板格子の窓から入ってくるその煙を天井のファンがゆるゆると撹拌して
蚊に悩まされることはない。
壁にはモダーンとトラディショナルの絵画、アンティークなサローンが飾ってある。どちらも素晴らしいものではないのだけれど、ないとあるのでは凄く違う。

敷地内にはひともたくさんいるけれど、挨拶を交わすだけで、決してそれ以上は立ち入ってこない。優しい人たち。

こういうホスピタリティーを維持している宿がいま一体どれくらいあるのだろう、、

Ubudは第二次のスピリチュアルブーム。ヨガやメディテーションショップのサインが凄く多い。
西洋人たちにとってのそういう聖地に再び返り咲いている。
僕が此処に頻繁にやって来るようになった30年程前はまさにその様な時代だった。けれど、その後の10年ほどで翳りが見え始め、こっちへ移住した1996年頃は
すでに下火で、西洋人に変わって日本人が増え始め、中国、韓国人あたりもやって来だした頃だ。

ところが今また、西洋人が増え始め、あれほど多かった日本人は驚くほど減っているらしい。中国、韓国のツーリストにも微かに翳りが見えてきていると云う。
町には西洋人が溢れている。西洋人の活気。
着いた時に最初に感じた見知らぬ町感はそこからかも知れなかった。
この30年くらいで何かのサイクルがまた巡ったのだろう。

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しかし音楽を聴く気がしない。
必要ではない、もう全然。
CD100枚分くらいがSDカードやデジタルプレイヤーに入ってる。毎日根詰めて取り込んだ。実家に音源取りに行ったりもした。
あぁ、馬鹿馬鹿しいったら、、んん、徒労感。
そんなことに時間費やしたのは自分の感覚の「狂い」だ。想像力の欠如。
こんなにも豊かに音が溢れているのだから、イヤフォーンをすることが不自然。そういうのは空港の待ち時間とか、移動中の乗り物で聴けばいいんだ。
もうプールないし。

本日音速全員集合!@SayanTomocaStudioリハーサル。
新横浜エアジンがついこの間だったのに、久し振りだよねぇって感じで凄く楽しんだ。
新しいTingklikは以前のと結構音程が違うみたいで、でもショウ君もともかちゃんもすぐに対応してくれる。こういう素養がぼくには全然ないので、
やはりプロミュージシャンって云うのは凄いなと思った。

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21時頃まで真面目にやったので、大変に空腹。
またしてもパダン食堂へ行く。毎日行ってる。待たずに美味しいものが食べられる、優れた民族料理である。メインはいつもレンダンサピなんだけれど、先におかずを選んでいた
おじさん見てて、あ、これ!と思いだした。名前忘れてしまっているけれど、ビーフジャーキーみたいなやつ。昔自分のなかではレンダンと人気を二分してたやつだ。
噛み締めてると、かつての自宅の夜の中庭思い出す。これは酒の肴にぴったりなんだ。

ツーリスト向けのレストランは見栄えだけでね、たいして旨くもないもん。でも恋人とは行かない方がいい。そういうひととは綺麗なレストランでロマンチックな夕食を
摂った方が良い。ぼくなら断然そうする。ついそういう想像をしちゃうレストランが此処にはたくさん、本当にたくさんある。シングルツーリスト無用の場所、、、
僕はロマンチックなひとたちの邪魔をせぬ様そっと前を通り過ぎ、汚くて旨い食堂へ。

3月6日

13時になったら新棟の部屋へ移る予定。
此処にはあと7泊。この部屋は凄く良い。でもあっちも今見にったら矢張り良い、キチネット付。一日614円足せば移れる。マレーシアから戻って最後に泊まる宿は、
その頃やって来る鹿児島の親友とシェアすることになり、少しく経費が浮くので移っちゃう。

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トゥバサヨにあるWarungMadeでナシブンクス、Rp10000。
今回絶対やりたかったこと。昼食にナシブンクスとSariMieのAyam味を自宅(宿)のベランダで食べること。住んでいる頃の昼食の定番だったから。
だから部屋はダプール(台所)付きに拘った。

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10年も経ったのだから、カップ麺も進化してるだろうなと考えていたが、全然駄目だった。麺は濡れたボール紙みたいにぼそぼそ。インスタント食品の進化のスピードは
我が国は計り知れず、しかも自分の味覚もそれに追従してるから、そう思うのだな。
だが、袋麺は昔からちょっと旨いのがあって、一番はSariMieのAyam味。
スーパーでお椀を買ってきて、鍋底に穴が開いていたので、フライパンでそそくさと誂えた。

味も匂いも音も、およそ五感が第六感に抵触したとたん、それは脳へのニューロンの別ルートを瞬時に辿り時を超える、超刹那。それは何故か強い切なさを伴うのだけれど、
理由はまだ解明されていない。こんなちっぽけな袋麺ですら。

今晩はツアー初日。

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2014年3月 5日 (水)

ときどきトランス日記 No.59 / 南鶴と冠次郎( Ubud村にて、 其の2)

涼しい朝だ。目の前に落ちる渓谷が霞んでいる。
もうすぐ朝陽が勢力をまし、靄を消してゆく時間。だがまだ、靄と朝陽は融合し合い神聖な景色を見せている。

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朝の陽は穏やかな風を起こし、靄を流し、払う。
プールサイドのベンガル菩提樹の樹をくっきりと、まだ薄青い空に立たせる。

しょう君到着の知らせ。
夕方からTomocaちゃんと三人で今後の打合せ。

しかし自力の移動手段がないのを良いことに、陸の孤島に自ら島流されて、この三日間というもの特に何もせずうかうかと時をやり過ごしてしまった。
夜はバルコニーで持参のウイスキーを飲んだ。

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だが二日目の夕方、UbudRadioのToshiが其処からぽんと僕を抜き取って、賑やかな町中へ運んでくれた。
このホテルはレストランの併設がなく、質素な朝食しか出ないので、お腹が空いている。簡易な食堂までも、往来の激しい歩きにくい道を20分も往かなければならない。
初日の夕方、空腹に耐えかねて仕方なくその道を往ったが、以降どうにも気が進まない。
そのようなこと見越して僕は、スーパーマーケットで食べ物を買い込み、Ubudで一番美味しいパダン料理店に飛び込んだ。
ナンカ、レンダンサピ、テンペゴレン、テロール乗せてもらって、冷たいお茶砂糖なしを頼んで、〆てRp28000。245円。

ところで食費は1日800円と決めた。朝食は宿で出るので、夕食と夜のお酒に550円(Rp62500)使える計算。けれどビール大瓶はRp30000、ARAKは一杯Rp18000
するので、ビールは我慢して安い食堂で夕御飯して、アンカサでARAKを2杯。それでも少し足が出るなぁ、、
両替の為替レート換算だと、昔より少しだけ有利になっているけれど、それは数字上だけの話で、物価は5~6倍になっている。

家計簿を見てみる。
例えば3月1日。昼食Rp28000、夜は音速の打合せでMangaMadu、夕食とビールでRp67000、昼間ついアンカサでスモールビールRp20000
〆てRp115000、、
昨日はRp105000とやはり少しづつ足が出ている。
今日から頑張ろう。
自分には少しく贅沢な宿も今日までで、昼過ぎには安宿に引っ越して最後まで。
旅っていうのは遣おうと思えばいくらでもお金を遣えるし、上がったとは言え日本と較べたら此処はまだ物価は安いので、それはそれで楽しい。
でもけちけち遣り繰りも長旅の楽しみのひとつ。

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もうすぐ雨が来そうな大気の感じ。そういう暑さ。
気圧のプレッシャーはそのまま熱気に変換されて押し寄せる。
30分ほど歩いて冷たいビールが欲しくなる頃にアンカサに到着。
今晩はUbudRadioにTomocaちゃんと一緒に出演する。

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土砂降り。

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お酒を呑むということは、散々飲んで酔っ払った状態よりも、段々と酔って来るところに楽しみがある。
どんどんARAKをお代わりしてそういう楽しみが放送と同時に進行している。

2月28日 

自ら落ち込んだことだが、そのような僕の窮状を見かね、さえがバイクを貸してくれた。
HONDAのスーパーカブ110cc。
あぁ、これは、、何とも懐かしいステッカーがあちこち。これはかつてPejen村に住んでいた画家の妙子のだ!
彼女も自分の家族の一部であり、UbudのToshi、さえの一家、アンカサのこてっちゃん一家もやはりそう。今回は世話になりっぱなしになると思う。
だが、僅かな期間にせよ此処に再び戻って来た理由は其処にある。

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カブは慣れると乗り易いんだけれど、股に挟むタンクがないのでスピードが出ているときは下半身がするするしてちょっと心許ない感じがする。でもとても楽しい娘だ。
明日は一日楽器探しに付き合って貰う。

3月2日

足があるので今日は楽に楽器探しが出来る。
午前中から目当ての楽器店を周ってみたが、お店が随分少なくなっている。一時の楽器バブルみたいな(その殆どがジャンベとディジュリドゥーだった)頃には
そこいらじゅうに楽器店があった。でもブームが去ってしまえば残るのは本物だけってこと。

結局MOARIにてTingklik購入。Rp450000をディスカウントしてもらってRp400000。ちょうどArifがお店にいて、
でも急いでいたみたいで暫しの再会だけした。何も言わないのにディスカウントしてくれたので、多分彼がお店の娘に言っておいてくれたのだと思う。有難い。
ぼくが愛用しているものと同じSebatu村のもの。PakBedraの作ったものと思う。いや、息子たちの誰かかも。
2台あってそれぞれに少しづつ音程が違い(ぼくのものとも)迷いに迷った。両方とも何度も弾き較べ、中低音部で抜群に鳴りの良い方を選んだ。

3月3日。今日は雛祭りなんだね。
昨日意外と早く楽器が見つかり、何となくスーパーマーケットに行ってお菓子見ていたら、急にさえの家に行きたくなって、お土産にお菓子たくさん買い込んだ。
住んでいる頃はふたりの家にはしょっちゅう遊びに行った(ぼくはピアノばかり弾いていたけれど)出迎えてくれたのはタロとお嬢の犬のひと達。けれどいまは
キュートな子供ふたりが迎えてくれる。
たくさん遊んで、しがみつかれて、抱っこして、汗だらけ。雛人形も共同制作した。左が南鶴作、右が僕ので名前は「冠次郎」って言います。

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んで、シンガが持ってるのはナッツ入りチョコボール「チャチャ」11年前に禁煙したときに一日中齧ってて、凄い消費量で体重増えて、でも成功した有難いお菓子。

今日でこの素敵な宿も最後。両替とお昼ご飯に町へは行ったが、一日プールに入ったりお昼寝したり。
無尽蔵に音楽が入るのですっかり面白くなってしまって、あれもこれも、んー、これももしかしたら聴くかもしんないし、と、毎日毎日32GBのSDカードに
CDを取り込んだ。
デジタルプレイヤーも3台フルで持ってきてる。さぞかし聴くだろうとね、、いやー、全然聴きません、、
水の音や虫、蛙、鳥、その他ヤモリや蜥蜴、何かわからないものの声、遠くのガムラン、それでもう充分だった。
で、プールサイドで寝転がっている時に、そういやあるな、と思って出してきた。
SwanDiveの2ndアルバム聴いてみた。一気にリゾート感
「おぉ、やったね!」つってご機嫌になっていたら、スコール、、止むまでお昼寝。
写真は毎朝朝食のテーブルに「何かください」ってやってくるチッチャ(やもり)ほっておいたらデザートの瓜メロンめっちゃ舐めてるやつ。

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3月4日 引っ越し。
Jiwa’sGuestHouse。これぞロスメン、昔乍らの。ロウバジェットツーリストの頃はこの様な処ばかり泊まっていた。
懐かしい、自分のある時期の起点に還るような心持ちだ。当時は500円くらいのものだったが、今はこれで1500円はする、、

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しかし敷地の奥に新しい練が見えている。ちらと覗いたら凄く良い、、だがお客がいる。
値段と空く日を確かめて、二日後にそっちへ移ることに。予定外の出費だが、仕方ない。ぼくは泊まるところは拘る方だ。

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今日はubudのもうひとつのネットラジオ「UbudAirport」に出演。ライブ告知なんかをして来た。
明日はいよいよ全員が揃う。サヤンにあるTomocaちゃんのレッスンスタジオでリハーサル。

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2014年3月 1日 (土)

ときどきトランス日記 No.58 / 幽霊( Ubud村にて、 其の1)

2月21日(金)旅の始まり。

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僕は退職した。
その後の19日間は見る間にはらはらと過ぎていった。
音楽の旅の支度。今度旅に出るならばきっと買おうと思っていたタブレット、その厄介なOS Windows8.1の習得。引っ越しに当たっての住居のごたごた。雪かき。5月の九州ツアー。
僕は現在無職。
新横浜エアジンで大事なライブがあり、途中で出掛けるマレィへのショートトリップの準備もある。

自分の頭脳の演算処理能力を遥かに越えた。
何事につけても用意周到の筈だったのに、考えられないミスをいくつも犯している。自分への失望感で旅に出るのが嫌になる、、旅立ち前にいつも感じる酷く憂鬱な感じ。

20:30に家族とともに家を出立。
T-シャツを2枚着て、その上にコットンのシャツを2枚、さらに薄手のマウンテンパーカーを羽織る。南へ近づくにつれ段々脱いでいく計画。
それでも結構な寒さだけれど、7キロのバックパック、18キロの楽器バッグをよろよろと抱えたら、寒さどころではない。

AirAsiaって狭い。安いからいいや、でも。
20年以上前のングラライ空港みたいなKLのトランスファーターミナル。手続カウンターのパソコンの裏側が気になる。埃が溜まっててめっちゃ汚いのね。
がさがさ、がやがや、だらだらした空気。南国ローカルの空気。

2月22日(土)、バリ着。
空港は更に大きく、どーでもいい感じに綺麗になり、、

僕にとってのBaliとは、その99%くらいがUbud村。早く早くと思うのに、頼んでたドライバーが来ない。早速のやられた感味わってる。
予定外のTaxiも仕方なし。
さて、、あ、やられた!宿がない。
ネット予約でよくある話。代行会社の地図が出鱈目。凄く迷惑したので名前公表しちゃいます。bookingドットcom です。
しかし良い宿だった。二部屋で広いバルコニーは田圃に隣接。バルコニーの端には冷蔵庫とキチネット付。簡易な料理だって出来ちゃう、ぼくの好きなヴィラタイプ。
スタッフの若い子たちも良い、しかし掃除はもう少し頑張れ。RumahTaman。

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やぁやぁ、やっぱり此処で逢うのが一番だねと、ubud村在住の家族の一部たちと再会。
三代目アンカサは初めてだけれど、何処にあってもどんな形態でもやはりアンカサはアンカサだ。店主のマインドには不動を感じるからね、それが醸す空気感は
変わるわけないのだった。

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2月23日(日)引っ越し。
町まであまりに遠いので、未練はあったけれど、利便を採りホテルチェンジ。
結局アンカサのはす向かいのGangを入ったどんつきのRakaRaiBungalowに決めた。ベランダの広い2階の部屋。さっぱりした良い宿だ。奥まっているのでMonkeyForest通りの
真ん中辺とは思えぬほど静か。小さな渓谷沿いなので水の穏やかな音がずうっと聞こえてる。水の音にはリラクゼーション効果があると思う。

27日までは家族と家人の従兄ふたりが一緒。

息子の希望でリバーラフティング(意外や意外、かなり楽しい!)したり、大勢で海水浴に行ったり、お土産買いに付き合ったりと、完全にツーリストモードで動いたけれど
、それはそれで楽しい。ついに出来ちゃったスタバも高ーいのに入っちゃう。
細かくたくさん歩いたりしたので、土地勘はほぼ取り戻せた。

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家族と一緒の最後の二日間はかつて10年以上も暮らした、そして息子は6歳まで産まれ育ったNyuhKuning村へ。当時の大家さん一家宅へ泊。

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2月27日(木)独り。
家族も従兄たちも帰国して、独り。

GoaGaja近くの「UmahGranGuestHouse」へ移る。
写真では小洒落たブティックホテルみたいに見えるけれど、すでに廃墟の匂いが僅かにする処。きっとオープン当初は話題になったと思う。其処かしこにゲストを喜ばせる
創意、意匠に溢れてる。
その情熱は何処かで途切れたのだろう。あとはこちらにありがちのやりっぱなし。メンテナンスしない、ちゃんと掃除しない、いい加減になっちゃう。
それらをきちんとやっていれば、古くたってまだまだ使えるのに、、
勿体無いが今の此処も悪くない。お蔭で半額ほどで泊まってる。
崖にしがみつくように建っており、何処も外に向かって数十メートル下の渓谷へと落ち込んでいる。陸の孤島。

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*出立から今日まで、、僕の皮膚が感じたことなんか。

飛行機の加速と超スピードで、僕の実体ははどんどん剥ぎ取られて、千切れて薄べったくなって、色も薄くなって、まるで幽霊。けれど昨日までのあの
重ったるい頭脳肉体は殆ど消失して、僕は軽くなった。
僕の実体は透き通って明晰、気分が良いな。

10年振りのUbud村は渋滞する車の中から見知らぬ町のように見えていて、悲しくなりそうだった。
でも歩き出したら「感じ」がどんどん膨らんで、溢れて零れて、僕は時の厚い雲からするりと抜け出した。
つまり僕の肉体は、時差という不思議な時間の帯でさらさらと晒されて、数時間遅れて還ってきたのだ。

帰還感。
ただいま。でももう少し。まだ幽霊から人間へ帰還しただけ。あともう少し。

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かつてこの村に10年以上も住み、その頃の相棒だった旧いオートバイ。HONDA CB 1972年車。驚くことに友人が整備して持っていてくれて、
それを滞在中に借りることになった。
走り出しは嬉しくて晴れやかで、相棒との再会を楽しんだ。でも途中で激しいスコール。エンジンは止まり、二度と灯が入らなくなった。
滝のような雨。洗礼。逆巻く濁流の道路を相棒を押して30分以上もよろよろと僕は。

ただいま。
ぼくは完全に帰ってきました。
そうして今朝から独りぼっち。賑やかな旅は終わり、また違う旅が始まる。

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GoaGaja近くの宿に移り、雨に降り込められています。

家族や友人たちは帰り、入れ替わりに別の友人たちが集まり始めてる。音速ツアーの関係者たち。
そして在住者。現地人。
融合離散がこの村の日常茶飯で、ぼくはいつもの通り曖昧。
曖昧な頭脳で感ずることは、この島は不動だってこと、変わらないってこと。
変わったように見えたのは、ごく薄い脆弱なスクリーンに移った現世(うつしよ)のBali。そんなものはすぐに見えなくなっていった。

優しくて自分勝手。
邪気と無邪気。
そのようなひとたちは今も変わらず此処に在る。

もうすぐだ。もうすぐ蕩ける時間にぼくはまた眠り込む。
まどろみそして、この香しい大気に融けて同化する。

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あぁ、雨が来る。
すっと陽が翳り、不穏な風が庭の植物を揺すると、ぽつりときて後は一気に滝のように落ちてくる。スコール。
上がれば強い陽射しがそれをまた水蒸気にして天空に吸い上げ、夜には優しい雫になって地に残る。その雫は静かに月を映し朝陽をじっと待つ。
自然のサイクル。
いまいるNyuhkunig村はかつて生活していた処で、オダランの真っ最中。夜遅くまでブレガンジャール(歩行ガムラン)の音が賑やか。

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お昼御飯はお祭り料理にありつけた。

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