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2013年10月

2013年10月27日 (日)

ときどきトランス日記No.57 / 庭のテーブルのうえの6本の空いたワインの瓶を冬の朝陽が満たす頃。

また台風だ。
被害。
被害の報道がとても多い。
原発に関してはあれほどの不誠実さで、真実を捻じ曲げて地に落ちて、しかもまだそうし続けているマスコミが報道している。

緊迫した現場で、甚大な被害の現場の前では、しかし彼らは覚醒している。
それは当り前のことと思う。だが、現場から離れ、事態に国家規模の利権が絡まって来るととたんに眠りこんでしまう。振りをする。

アイデンティティーの問題。

しかし自分は偉そうなことを言えるのか、と思う。二枚舌のアイデンティティー、自分はそうではないとちゃんと言える?

言えんよ。と俺が俺に言う。

単一のアイデンティティーは嫌いだし、時には危険なものだ、と思っているうちに、私は、我が国は、複数のアイデンティティーと二枚舌のアイデンティティーを履き違えた。両者は全く違うものだし、こちらの方が余程の危険であるのに、、それに気づかぬ愚かしさに気づく。

子供たちはこれから、この不気味な海を泳がねばならない。息子が産まれた頃の海はまだこうではなかった気がするが、本当にそうだったのか、今はもうよくわからない。

哉んぬるかな。

もう11月になろうとしている。
6月に人生初の入院をしたりして、魂のランクがひとつ上がったのに、夏が終わってしまったら黙阿弥。
これからどうして生きて行こう、、と思わぬでもないのに、もの想う秋はやって来ず、極端な残暑は冬に連結していた。
諦めのため息の白い蒸気の冬の朝。

この夏の記憶が途切れぬうちに書き留めておこう。

神奈川県は広い。
東へ上れば染み入るような街があり、西へ下れば山並みと田圃。南は海に開く。

Ubudっぽいライブやりたいね、なんて言っていたら西にこんなお店があった。
「SonicCafe」南足柄という処です。
音速珈琲廊@SonicCafe。周りは田圃。小さい青蛙がたくさん田圃から飛び出してくるので踏まないように車を停めて楽器を降ろした。

Sn2
Sn1
暗くなる頃に蛙や虫の声が雨音に変わった。
刻々と移りゆく環境音と音楽が織る刻の綾を味わう。最後は雷雨とのセッションみたいになった。
暑い暑い7月のある日はそのまんまバリツアーに繋がっていくのだと思った。

Inai
この写真のタイトルは「ベトナム人のニャンさんのいない部屋」です。
一緒に8月を過ごすつもりだったのに、7月の31日に死んでしまった。
有名な話だけれど、僕らが此の家に引っ越して来た時、すでに彼は此の家に住んでいた。
なので極々自然に家族となっていった。

家族が欠けてしまうのはなんとも寂しく、なかなかこころのきまりがつかなかった。

「花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」
そうなのだ。わかってる。けれど、まだ彼を想っていたく。

Na1
彼を「知って」いたひとたちへ。

五日後。
横浜、馬車道にある古い古い音楽のお堂、エアジン。特別な匂いの特別な場所。
おずおずと初めて演奏させて貰ってから、今日で3回目。
音楽を演奏してそれをひとに聴いて貰う、ということに憧れてそれを始めた頃思い出す。
自分がその頃嗅いでいた匂いさえも、此処にはある。それはやはり自由であること、の匂いなんだと思う。こんな歳になってさえ、またそれを思い出し、帰ってゆける匂い。

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Air01

Air09
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ある日実家へ。蝉の声のなか、西国分寺駅から遠回りして。向日葵がそっぽ向いてる道を。
もともとの自分の部屋には色々なものがまだ残っていて、其処に寝るのがすきだ。
本棚もそのまんまで、その下の方はいつも物に隠れていて見えないのだけれど、寝場所を拡げようとソファをどかしてみたら、20代も前半の頃に夢中になって読んでいた本が詰め込んであった。ぼくは先鋭的なロッカーを気取り、レザージャケットにラバーソールを履いて、破綻の味わいも知らぬのに、文学やヌーヴェルバーグ映画の匂いだけを嗅いでまわっていた。
その頃の本は昔、20年以上も前に大分処分したのにまだ残っていた。し切れなかったのかも知れない、某かの気持ちが残って、いつかまた読むかもしれないと思ったのかも知れない。

Hon1でもそれはいまではないし、気持ち保留にして、そっとまた仕舞い込んだ。そして写真だけ撮ってみた。

9月のある日。暑い日。
浜松へ。妹の運転する車で浜松出身の友人も一緒に。
久し振りのロングドライブ。友人お勧めの、東名の「森」という小さなSAが凄く気持ち良かった。何と云うか、清々しい処でね、最近のイベント会場化したそれとは全然違って、本来の「気を身体を休める」目的が叶う。

長く入院しているひとを見舞い、夜は浜松文化センターで「インドネシアナイト/音と舞踊のヴァーチャルトリップ」に出演。久し振りのDuoでの演奏。

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ホール搬入口に並ぶ楽器たちの風景は、かつてのPlanetBambooを思い起こさせる。居並ぶ伝統芸能のなかでの異色っていうのは、そういえばあの頃から変わっていないんだなぁ、と思った。そして我ながら音速の音楽って云うのは興味深いものだと思い、もっともっとやりたくなった。

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先月は恒例のキャンドルナイト@目黒Cabe
このところたびたびに共演している笛吹き妖精Tomocaちゃん加えた四人編成で。
実のところ、音速核のふたりはそれぞれに最悪の体調で非常に危ぶまれた晩だったのだけれど、笛吹きさんと箱の上の妖精が助けてくれてね。かなり良い演奏だったらしい。
流石に妖しいの、彼女たちは。
ぼくはもうホントにふらふらで、終電間際で帰り着いたけれど、お酒も飲んでいないのにその晩の記憶はすっぽり抜けちゃってる。

先日。
懐かしい名前の停留所をいくつも通り過ぎた。聞き覚えのない名前のもあった。30年以上も経っているのだから。
三鷹から調布駅北口行きのバス路線。降りるのは「調布北高校前」思い描いていたような景色はでも、殆ど残っていなかった。途中の八幡神社の佇まいは、あぁこれ、と思った。
僕の通っていた高校。校舎や校庭の感じは多分変わってはいないように見える。けれどぼくにとっての校舎は、夢の中に出てくる小学校、中学校、高校がごちゃ混ぜになった校舎で、とても曖昧なものになってしまっている。それでもそんな夢を見た朝は、なんだか懐かしくて寂しくて、悲しいような暖かいような、泣きたいような気分で目が覚める。

高校前で降車して、通りを渡ると少し奥に友人一家が引っ越した家があった。今日はそこの小さな庭で宴がある。君の母校に近いんだよと聞いていたけれど、こんなに近いとは思わなかった。
ワインと美味しいものと音楽と友と。人生に必要なものは殆ど揃っていた。その晩の我々に共通して足りぬものはお金くらいのもので、ほぼ満ち足りていた。つまりはだからこその、良い音楽を皆で奏でていた晩。

Tu13

ほんのひと時でも忘れてしまいたい浮世なんて言うけれど、その浮世がもう昔とは違ってしまっている。本当ならばひと時だって忘れてはいけないのかも知れない今の浮世。
それでもぼくらは少しだけそれを忘れて、穏やかに浮かれ騒いだ晩を過ごした。
それは冬が始まる最初の晩だったんだ。

来年。
冬のピークから一気に真夏へと。でもぼくは。ぶっ飛んでやる。
そのあとに来るもの、始まるもの、こと、受け取るから。

Hi1

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