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2011年4月

2011年4月30日 (土)

ときどきトランス日記 / No.39 嘘や誤魔化しが放射能と一緒に降りそそぐ。

日が暮れたり、曇天や雨だったりすると、まだまだ薄ら寒い4月ももうお終い。
8月が懐かしい。はやく8月にならないかな、と思う。蝉の声を聞きたい。夕方に日暮らしの声聞きながら家に帰りたい。ミンミン蝉やあぶら蝉の騒がしい林の中歩きたい。
夏を忘れてた。それはいずれやって来る、でもそれに思い至らなかった。
12年と少し、終わらない夏のなかで暮らしていたくせに。
それにしても、明日、明後日ばかりがやって来る毎日だ。

思えば、、
3月のあの日以来、新しい世界が始まってしまって、それ以前の世界にはもう決して戻ることは出来なくなった。
そこで暮らしている。だからこの日々を正しく怖がろうと思って、時々よりはもう少し頻繁に、情報やらなんやらを気にすると、何と言うか、その度にこころが鬱屈したり、きもちが硬直したりする。
いまだに嘘や誤魔化しが放射能と一緒に降って来るのね。そういう感じがぬぐえない。
真実の放射能だったら、決然と立ち向かう、というか、そういう気持ちになれるかも知れないのに。自然災害の被災地の復興へ向かう力だって。
でも嘘とか誤魔化しが全部駄目にしている、とそういう感じがぬぐえない。そういう国なのか、と。けれど歴史を鑑みれば、やはりそういう国だ。
人災。これほどの激しい、厳しい天災すら凌駕してしまう。ひととはかくも、と思ってしまえば、なにもこの国だけではないのだろう。

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時々。栃木の渡良瀬川の近くで笛を吹いているひとの日記を読んだりする。土や林の中の匂いのする言葉に触れる。暮らしの空気少し分けて貰う。
2人の息子の事になると、言葉が溢れだしてくる。気持ちがね、深い、とても。傾聴。
だったり。
茨城で暮らしてて、音速の映像作ってくれてるひとの言葉やそれにくるまっている空気を皮膚で感じてみたり。
鬱屈はしばし晴れて。硬直はしばし緩んで。
だったり。
自分には素敵なともだちがいる。頻繁に会う人は少ないのだけれどね。でも何人もいる。
とても有難い。

感謝しています。

ところで。

先日、音速珈琲廊の新しい音の冒険があった。そういうことだってあった。
悠久のジャワ王宮の音を迎えてのライブ。
4月20日@目黒「チャべ」JavaCandleNight

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スロンディンにクミちゃん。ジャワ太鼓にナミちゃん。
ナミちゃんクミちゃん天気予報。
と、まぁ。

Imgp0692 Imgp0690 間、がたまらんのね。ゆったりにも程がある。悠久感が。
ノリがあるようなないようなノリ。時におっ、これかな?ってなるけれど、次の瞬間には失くなってる。
けど、そこに音速が加わると、実に不思議なグル―ヴが出現するのね。
単なるミクスチュアーではなくして、仕切りや枠が霊妙な揺らぎで外れてゆく。
音程、音質、リズム、キィ、調子。各楽器のそういうののマッチングに苦労が見られたけれど、相当に面白かった。
ここまで持ってきたしょうくんの手腕は計り知れぬ。ぼくもあんりちゃんも、ならではのプレイが出来たと思う。

スロンディンって実に不思議な楽器だ。
音がすぐに立ち上がらない。柔らかいマレットで叩くので、打撃音がない。すろん、と鍵盤から音が棒状に上へと伸びる感じ。更に柔らかい掌でミュートするので、音の長さによって色んな長さの棒が伸びたり縮んだりしてる。
3Dの棒グラフ。
音がそういう風に見える。
バリのグンデルに極近いけれど、こっちは堅い木のハンマー形マレットでかつんかつん行くので、感触が全然違う。
そこに、これまた他に類を見ないジャワ太鼓の調子が入ると、な~んとも、な悠久感。
凄く時々、アタマから性急に突っ込んできて、やはり、おおぉと思ってヤル気になっていると、でもすぐに消えちゃうのね。この「置いて行かれ感」はでも、了解すると却って面白いことが出来たりして。
しかも太鼓は何故か牛柄。類を見ない、やはり。

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かなりの冒険した。
しかしこうやって、音程やキィやリズムなんかの底が一旦作られると、音速独特のやりたい放題は出現して、相当楽しい冒険でした。
これは一回限りではないみたいなので、楽しみが増えた。じ.うぶずもそうだけれど、ライフワークである音速以外でも、っていうのがやっとね。頑張ってきた甲斐があるってもんだ。

さあ。自分。
鬱屈や硬直は仕方がない。いまみんなそうだよ。
ともだち、仲間、家族。一生懸命に付き合おう。
いつかは独りぼっちで旅立たねばならないんだから、悔いなく決然とそう出来るように。

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2011年4月14日 (木)

ときどきトランス日記 / No.38 森の遠足。

山梨県大月市、大月ロハス村。4月10日「癒しのフェスタ」

Imgp0666_2 音速のステージは。
今回はギターとカホンとカリンバだけのシンプルなステージ。でもそれがぴったりだった。

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音が森を渡る。精霊。
森に音が吸い込まれてゆく。精霊。
見上げると針葉樹の高い高い木立。空を隠す。陽の光は帯になって届く。

駐車場で楽器をリュックに詰め替えて、細い山道へ入る。
傾斜のキツいとこは45度くらいあるけれど、ステージまで10分くらいですよ~、と受付の人が言っていたが、、
これはキツイ。意外とキツイ。いやこれはマジで、、
ミュージシャン三人、楽器を担いで山道を往く。

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Dscf0989 あ、ぼくの持っているのは一見登山杖のようですが、あんりちゃんに借りたシンバルスタンドです。杖にしたけど。
いやぁ、このくらいで足がもつれたりするんだねぇ、と驚きながらも、休憩したり写真撮って遊びながら登ってきたので、20分くらいかかった。

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上に着いたら懐かしい友達が待っていてくれた。
ちっとも変わらない。おんなじ笑顔だった。20年、いやもう少しか?と、はっきりわからないくらいの長いご無沙汰。
山でこんなことをやってるなんて聞いたのは、でも最近の事。

美味しいマクロビ弁当開いて、これは君たちホントに遠足のお昼の図だね。
ぼくはペットボトルに詰めていった赤ワインに感謝してる。

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小さなソーラーパネル一枚で賄っている音響の電気。いつ途切れても不思議はないって話だったけれど、エンジニアの人の上手なやり繰りで最後までいけた。
こういう技術ってこれからの音響エンジニアに求められるんじゃあ、、などと彼と気が合ってしまって、新しい友達が出来て自分は御機嫌。
しかも最後のセッションではホーミーで参加、タダモノではない。Koh-Taoの聖ちゃん思い出す。なんか空気感が似ていて。

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フェス最終日のフィナーレのチャンティング。
あぁ、すべてはこの時間のためにあったのか、と思えるくらいの素晴らしい時間だった。
チャンティングは善い波動、エネルギーを集め、そして祈りのスコティッシュ.フォークダンスへと引き継がれ、音速と午前中に演奏したRossoのギターとヴァイオリンの方も交えて、おおきな祈りの場になった。
ひとりひとりが言葉と風船に乗せて、今のこの国、これからのこの国、自分の想いをリリースしてゆく。

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僕らは言葉や風船ではなく、音で。
その性格のためか、やや陰鬱な感じのダンスの音楽をぼくらが引き継いで、さらに魂を注いで、そしてここでもしょうくんの和音構築マジックで、いつの間にか明るくって希望に満ちた素晴らしい曲へと変化させてしまった。
残念ながら音源の記録がないので、いまとなっては思い出せないのだけれど、あの場があってこその一瞬の輝きだったのかも知れない。そういうことってある。
ともかくも、あの場で音楽を演奏できたということに、凄く感謝しています。決められた曲を演奏したのではない、魂を、森を通して世界へ、リリースしたのね。

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震災後のライブは少しでも、の支援に繋がるけれど、場の気持ちが自然にそちらへと向かう。そのことの方が重要なのかも知れないと思う。支援、寄付ではホントに微力なのだけれど、そういう気持ちの持続がきっと大きな問題になって来るのだろうと思う。
その為には強くあらねば、と思う。
取り返しのつかぬことがすでに起こっていて、なのに本当のことをひた隠し、まだそれを続けようとしている国に生きていること忘れない方がいいと思う。
未来にとんでもないものを残す国に。

もう少しづつやって来ている。もうすぐ批判や差別がこの国を襲う。

安心、安全はもともと存在しなかったものだった、、でもそういう嘘をそのまま鵜呑みにして、本当は気づいていたかも知れないのに、忘れ果てて、電気をたくさん使って楽しく暮らしたのは自分だ。
その通りだ。
これから先が、この国の、そこに生きている自分の、本当の、本番だと思う。

「ライブ告知4月号!」

今回の音速珈琲廊キャンドルナイトは、、
いつものバリ島から隣のジャワ島へとショートトリップ!です。
隣同士でも、言葉も宗教も、文化も違う。空気が全然違う島。
バリの高速、ぶっ飛びガムランに慣れた耳には、驚異の間、ゆったり感かも知れません。
どうぞ、感じにいらしてくださいね。

◆4月20日(水)
ジャワ・キャンドルナイト@目黒「Cabe」

~ジャワ島の高貴な響きとやすらぎを~
演奏:音速珈琲廊・オザワクミ(スロンディン)・樋口なみ(クンダン)

18時オープン/19時キャンドルナイト・スタート/19時半ライブスタート
要予約・3500円(インドネシア料理付)

ともに予約受付は、直接お店にご来店、またはお電話か info@sekishow.jp
にて受け付けております。

Webチラシはこちら↓
http://www.sekishow.jp/4-20.pdf

お店の情報は、、
Tel:03-3713-0952
http://www.cabe-eco.com/
目黒駅からお洒落な目黒通りを歩いて10分ちょい。地図は以下のサイトがわかりやすいかも↓
http://r.gnavi.co.jp/a652800/

*そして、かちゃんさんの最新作!
音速珈琲廊「紡ぎ唄 / A Song For Yarn」YouTubeにアップされています。
http://www.youtube.com/watch?v=HudijxjlkDI&feature=related

優しいは強い。強いは優しい。感じてね。

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2011年4月 5日 (火)

ときどきトランス日記 / No.37 已んぬらぬ、哉(青い=善い)

「いやね、何か疲れが取れる景色なんだよね」という名言を吐いた友人がいて。
それが何処の景色のことだったのかはもう忘れてしまったけれど、これはやはり名言、と思う。
そのひとは酷く疲れていたに違いなく、友人であるので、その疲れの原因の一端も知っていて、ううん、そうかぁ、と。

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そのあと、そう意識すると、自分にもそういうことが度々起こった。
んん、この感じかもしれぬ、と思った。
そういう感覚に近い。
かちゃんさんの新作。音速珈琲廊のPV「SonicBamboo」「Omoide」YouTubeにアップされています。

http://www.youtube.com/watch?v=8H_MT2cHIdw
http://www.youtube.com/watch?v=kb1jCOqjEPg&feature=related

ぼくは音楽を演奏するときって、日常のへヴィーなものたち追い出さない。混ぜこぜ一緒くたで、自分から出て行くのにまかせちゃう。
凄く疲れることやってるのかも知れない。
けど、そこを忘れ果てて、ふわふわと地に足つかず、な演奏は上手く出来ない。関西弁で言うと「ようせんのんや」と、多分。
んん、さえ、これで良いですか?

自分の演奏なのに、凄くほっとしちゃいました。
作り手の「楽しさ」に魅入られて、色んなこと忘れて、あー、と見入る。
こういう時間欲しかったんだ、と思った。
そしてそのあとに勇気が湧いてくるのね。音楽や生きてゆくことに。

思えば、神経はぴりぴりと張りつめて、こころのエッジは切り立っていた。
ひとまずはほうっと息を抜きたかったのね。音楽を演奏することで空っぽの洞にはなれるけれど、これはほっとする感覚とは違う。徒労感は伴わないので嫌な疲れではないけれど、疲労感はでかい。
ほっとしたら、周りも少しは見えて来て、言葉も集まってきた。

SonicBambooはスピード感と、時々あらわれるシンコペーションのリズムでわざとそのスピードを殺す場面との緩急に味があるわけなのだけれど、それに映像が実に良く附いてくる。
小節のアタマを意識しててホントに音楽的。
あと、格好良い。
この歳になっても「格好良い」ことには憧れがあるので、嬉しかった。

Omoideは先の感覚にとても近い。
癒しと勇気。
どちらも簡単には言えない重い言葉、と思うけれど、身体の中から自然に起こる風だ。

勇気を持って、決然と吐く嘘は価値があるけれど、勇気もなにもない、ひととして弱い、あまりにも情けない、そういう嘘が日本中に飛び交っているのはしかし一体なんだ、と思う。
もう「ひと」ではない、ひとでなし。それともそれが本当の「ひと」?
平和な時代の単なる偽悪趣味、と思っていたものたちの一部が、実はそうではなくて、本当に悪い風になって吹いている。

ぎりぎりの、生きるか死ぬかの極限状態でひとは、人でなくなるのかも知れないけれど、対岸の火事である筈のひとが、人を失うのって、なんだろう。それとも、まだ偽悪趣味でもってふざけているのだろうか?

已んぬる哉、、

いや、ふざけんなよ、おい。
それが本当の悪意に化けてしまう前に、やめとけよ。ひとはそういうものに弱いんだよ。自分でも気づかぬうちに、あっという間に、気を抜いたその瞬間に、それは化けて。

平和な時代でレベルなロッカーならば、こう歌うかも知れぬ、、

千載一遇のビジネスチャンス、だってこれは自分が生き残るためのサバイバル。やってやれ。俺は炎の中で嗤う、俺は炎の中で踊る。

とかね。
聴いている、心酔している我鬼共は、けれど、正しい道を選ぶ。それこそがロックミュージックの本質なんだよ。

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と、まぁ。
自分は青いのだけれど。若造なのだけれど。
あ、若造は「り」を入れるだけで若造りになってしまうじゃん。
若造りで青いやつ。それがわたし。
青いついでに、今、もう一度観たいなと思って借りてきた映画。家族にも観せたいなと思ってゆうべ。
「包帯クラブ」
青い。そこが凄い良い。誰もが知っていて、不変なもの。一度染まってしまうと結局は最後まで、死ぬまで身の裡に在るもの。
いま、この国は少し青くなった。
純情、が帰ってきてる。
青い=善い。
たくさんのひとたちが、自分の身の裡に隠れてたそういう感情に気がついたからなんじゃないだろうか。

明日はやって来る。季節はだんだん暖かく、厳しくなく、、
善意の人にも、嘘つきにも、嘘つきだけど善意の人にも、詐欺師にも、人非人にも。

さぁ。

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